Last update 03.7.9
カイロプラクティック神経学(6)筋肉検査) Muscle Test

(スパイナルコラム誌2001年3‐4月号)
増田 裕、DC、DACNB

<治療例1>
テニス愛好家の男性(64歳)が肘の痛みを訴えて来院。1週間前にテニスをしたが、プレイの最中には痛みはなかったものの、その晩から痛み出して腕を動かすと痛みが出る。患部は右肘である。仰臥位で肘を屈曲させて上腕三頭筋を調べる。陰性。肘を屈曲したまま、さらに手首を伸展させて等張伸展抵抗運動をしてもらい、橈骨の機能障害を見る。陰性。次に肘を屈曲したまま手首を屈曲させて等張伸展抵抗運動をさせて尺骨の機能障害を見る。陰性。上腕二頭筋、腕橈骨筋。陰性。回外筋、円回内筋。この筋肉検査も陰性。さて次は何を診るか。橈側手根伸筋を調べる。患者は突然痛みを訴え筋力の低下を示す。さらに橈側偏位の抵抗運動を調べると、これも痛みを訴え筋力の低下を示した。損傷した骨格筋は橈側手根伸筋である。ART(Active Release Technique、能動解放テクニック)を2度行使して再検査すると、痛みは即座に消え、筋力が100%回復した。おそらくバックハンドで傷めたに違いない。「先生、道理でゴルフは何も痛くないんです」と患者。ゴルフもやったようだ。この患者が整形外科に行けば、おそらくレントゲンを撮られて異常なし、鎮痛剤をもらい湿布をされて、痛みはなかなか消えない、というのがお決まりのコースであろう。あるいは、接骨院に行けば電気治療やマッサージを受けても痛みは取れない、ということになるだろう。スポーツ障害の場合、どの筋を傷めたのか、この特定がアルファーでありオメガである。

<治療例2>
大学の野球部の選手(男性、20歳)が肩の痛みを訴えて来院。ポジションは投手。痛みのために球を投げられない。右投げ。三角筋の前部、中部、後部を検査。陰性。烏口腕筋、大胸筋、広背筋も陰性。菱形筋、前鋸筋、棘上筋、棘下筋、肩甲下筋、小円筋、大円筋を調べる。棘上筋が陽性である。患者は痛みを訴え筋力の低下を示す。さらに、左右の肩甲骨の位置を調べると、右肩甲骨が外方に変位している。脊椎の矯正をしたのち、右棘上筋にTFM(transverse friction massage、横断摩擦マッサージ)を行う。再検査、痛みは消え筋力回復。自宅で菱形筋の筋力トレーニングをしてもらう。通院4回にて完治。元通り投げられるようになる。投手、水泳競技者(とくにクロール)に多い肩の痛みの機序は次の通りである。肩甲骨が外方に変位する。肩の回旋の軸が前方に移動し、棘上筋の負荷が増大する。肩峰下の棘上筋腱が摩擦で炎症を起こす。棘上筋腱炎である。この場合も、傷めた筋の特定が治療の核心である。診断なくして治療なし。

<治療例3>
大学のサッカー部員(男性、19歳)が股関節の痛みを訴えて来院。右の股関節を回旋すると痛みがあるという。2ヶ月前に傷め、医師にはもう2度とサッカーはやれないと言われている。中殿筋、小殿筋、大腿筋膜張筋、長母指伸筋、大腿四頭筋、梨状筋、ハムストリング筋、大殿筋、大腰筋を調べる。大腰筋の筋力が極端に低下、大腿四頭筋も若干低下している。大腰筋の停止部の小転子を触診するとひどい圧痛がある。予約の電話では股関節が痛いということだったが、実際は大腰筋が真の原因だった。ARTを用いて大腰筋と大腿四頭筋を解放すると、大腿四頭筋は100%筋力が戻るが、大腰筋は50%ほどである。股関節を回すと痛みがまだある。自宅で大腰筋のストレッチをするように指示。慢性疾患なので次回以降患部に微弱電流も当てる。2回目の治療で痛み半減。

<治療例4>
大学の剣道部員(女性、22歳)が腰の痛みを訴えて来院。半年以上痛みが続いている。下肢伸展挙上検査(SLR)は異常なし。中殿筋、小殿筋、大腿筋膜張筋、大腿四頭筋、梨状筋、大腰筋、ハムストリング筋、大殿筋などを検査すると、中殿筋と梨状筋に筋力の低下が見られる。両筋肉を触診すると圧痛がある。トリガーポイント療法を行い、腰椎の可動域を調べると、腰椎4番に異常が認められる。この椎骨をアジャストする。治療後痛みは軽減するが、痛みが完全に消失するには10回ほどの通院を要した。

以上が最近診たスポーツ障害の治験例であるが、どの筋肉を傷めたのかを鑑別診断することが治療の第1歩である。急性の場合なら直ちに痛みはなくなり筋肉の機能は回復する。慢性の場合は多少時間がかかるが、それでも的確な治療なら他の療法を受けるよりもはるかに短い期間で済む。

<治療例5>
47歳の婦人が左腕の痛みを訴えて来院。左手を内反させると痛みが出るという。整形外科医で腱鞘炎と診断され、電気治療とマッサージを1年近く受けるが一向に改善が見られない。検査をすると、回内方形筋の筋力が低下している。「ここの筋肉が傷んでいますよ」と言うと、「あらいやだ。そんなところではなく、もっと上のほうを治療されていました」という答え。腱鞘炎に違いないが、どこの筋肉なのかを特定しなければ診断とは言えない。保険請求に必要な病名にすぎない。ARTで治療しキネシオテープを貼る。数回の治療で完治。

<治療例6>
48歳の男性が右手の親指の痛みを訴えて来院。モノを持ったり書いたりすることができないという。長母指外転筋、短母指外転筋、母指対立筋、長母指伸筋、短母指伸筋、母指内転筋、長母指屈筋、短母指屈筋などを検査する。長母指伸筋に痛みがあり筋力の低下がある。ARTを施しキネシオテープを貼るとたちどころに筋力が回復し痛みも消える。数日後再来院してもらい再検査すると、まったく異常は見られなかった。

<治療例7>
50歳の男性が腰痛を訴えて来院。下肢伸展挙上検査で陽性。60度で痛みがある(左右)。MRIを診ると、腰椎4/5番の椎間板が後方突出している。症状は左下肢のしびれと腰痛、右殿部痛である。治療10回でしびれも痛みも取れ右に傾斜していた姿勢も改善した。ところが、リハビリ中再度姿勢が右に傾斜するようになった。右の中殿筋にやや筋力の低下が見られるが顕著でない。立位でトレンデレンベルグ検査をすると右中殿筋が陽性である。つまり、左足を上げて右足だけで立つとよろけてしまう。トリガーポイント療法を行い再度検査。まだよろける。そこで中殿筋にキネシオテープを貼るとトレンデレンベルグ検査は陰性となり、姿勢がまっすぐになった。

カイロ神経学を勉強してからキネシオテープの原理もよく理解できる。これは筋の伸張反射を利用したものだ。筋を伸張すると筋紡錘の求心性線維が刺激されて脊髄で単シナプス反射を起こし、前角のアルファー運動ニューロンを刺激する。この筋伸張反射で筋が収縮を起こす。拮抗筋は逆に抑制される。ちなみに、筋のトーンが低下すると、腱に負荷がかかるようになる。腱が傷む。次に腱が付着している関節が傷む。サブラクセイションは言わば筋骨格系の病理の最終段階を画している。

<治療例8>
33歳の男性が左肩の痛みを訴えて来院。最寄りの整体で「50肩」と言われて治療を受けるも痛みは軽減しない。検査をすると、左腕の外転、外旋、内旋は自由に行える。これは50肩ではない。ともかく肩が痛いとろくな検査もしないで50肩とごまかす場合が非常に多い。整形外科も例外ではない。検査を続けると、烏口腕筋と大胸筋鎖骨部と三角筋前部の筋力が低下している。肩鎖関節、胸鎖関節、肩関節をアジャストすると、肩の痛みが軽減。筋力も回復。都合6回の治療で完治した。

<治療例9>
55歳の男性が右肘の痛みを訴えて来院。地元新聞社主催のゴルフ企画(練習10日間)に参加して傷めたという。検査をすると、橈側手根伸筋と尺側手根伸筋に痛みと筋力低下がある。ARTを施すと、直ちに痛みは100%解消、筋力も100%回復。

<治療例10>
17歳の高校ラグビー部員が右足首の痛みを訴えて来院。検査をすると、外反捻挫があるほか長母指伸筋の筋力が低下している。長母指伸筋は足首よりやや近位に圧痛がある。ARTを行うと、痛みは大幅に軽減し筋力も回復。

一般に筋肉検査で陽性の場合に以下の点に考慮する必要がある。
第1、 神経根から末梢神経の通路における個別神経の圧迫、絞扼を考える。
第2、 同側のいくつかの筋の低下が見られる場合、末梢の個別神経の問題というよりむしろ同側の大脳半球の機能低下を疑う。
第3、 関節の機能障害があると、筋の低下が見られる。たとえば、烏口腕筋の低下は肩鎖関節の機能障害を示唆する。
第4、 筋のトリガーポイント、瘢痕組織、傷害を疑う。
第5、 内臓の疾患を疑う。
筋検査で筋の低下が見られるとき、たいてい問題はこれらのいずれかの範疇に入る。問診から得られる情報を加味すると鑑別診断が容易となる。

カイロプラクターにとって筋肉の検査は鑑別診断の不可欠の道具である。骨格筋は全部で480ぐらいあるが、80ぐらいの筋肉の検査を自由自在にできることが望ましい。これも重要なアート(術)のひとつである。大事な筋肉を列挙しておこう。1斜角筋、2頸椎屈筋、3頸椎伸筋、4SCM、5僧帽筋(上中下)、6棘上筋、7棘下筋、8肩甲下筋、9小円筋、10大円筋、11大胸筋(鎖骨部・胸骨部)、12菱形筋、13肩甲挙筋、14前鋸筋、15上後鋸筋、16下後鋸筋、17三角筋(前中後)、18上腕二頭筋、19烏口腕筋、20上腕三頭筋、21回外筋、22腕橈骨筋、23長短橈側手根伸筋、24尺側手根伸筋、25長母指伸筋、26短母指伸筋、27長母指外転筋、28短母指外転筋、29円回内筋、30長掌筋、31回内方形筋、32橈側手根屈筋、33長母指屈筋、34短母指屈筋、35母指対立筋、36浅指屈筋、37深指屈筋、38尺側手根屈筋、39小指対立筋、40小指外転筋、41骨間筋、42広背筋、43背筋、44腰方形筋、45腹直筋、46外腹斜筋、47内腹斜筋、48大腰筋、49腸骨筋、50大腿四頭筋、51大腿筋膜張筋、52中殿筋、53小殿筋、54内転筋、55長母趾伸筋、56縫工筋、57前脛骨筋、58長腓骨筋、59後脛骨筋、60膝窩筋、61大殿筋、62梨状筋、63ハムストリング筋、64腓腹筋、65ヒラメ筋、66長母趾屈筋など。この程度の骨格筋の検査はなんなくこなしたいものだ。

<追記>
昨年受験したカイロプラクティック神経学の学位試験の合格通知が来た。筆記試験、実技試験とも合格である。日本人初のDACNB(カイロプラクティック神経学専門医)であるが、これを期にさらに精進したい。

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